いぬがお膠原病内科医の私情漏声

日常と趣味と医学少々。

初詣でオーバーキルされた話

皆様は初詣は行かれただろうか。

 

人混みがどうにも嫌で先日ようやく初詣に行った。おみくじの結果に左右されまくる私は何となく気が引けるものがあるがそれでも気になって引いてみることにした。

 

旅行先の鶴岡八幡宮で大凶を引いて落ち込む妻を見ながら爆笑した昨年。妻もそのトラウマを抱えながら参戦。

 

じゃんけん負ける日ってメンタルなのかやる前から負けるな、って思うよね。でもその日は自信満々に引いた。

 

結果は妻と一緒に確認。まず先に結果を見た妻は...

 

…吉。

 

そして僕は…

…凶!!

 

しかも内容を読むと、

「女離のことあるべし慎め」

=女性の甘い言葉に心を惑わせていると身を滅ぼすことになる、と。

 

妻を前にしてなかなかに気まずい内容にしてきたな、と思いつつ、

気をつけます…。

今のところ甘い言葉をかけてくれる人もいません。笑

 

売買も転居も旅行も何もかもやりたいことは全て上手くいかない、的な内容。

おみくじでここまで言われるかと、というほどオーバーキル…。

今年は大人しく過ごします…。

 

それでは!

 

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捨てられない夫と捨てられる妻

見慣れたものをある時突然目新しく感じることはあるだろうか。「ジャメヴュ」だ。

 

初めてのものであっても既視感を覚えるのが、「デジャヴ」で、

その逆がこの「ジャメヴュ」。さすがフランス語で難しい。

意味は逆に「未視感」、見慣れたものであったとしても目新しく感じる現象を表す。

 

見慣れた自分の持ち物がある日に突然、こんなデザインだっけと新鮮に感じたり、それまでそうでもかったのにお気に入りになったりする。

 

基本的に年末の大掃除は毎年失敗に終わっている。

こんまりさんの「トキメキ」を感じるか、は本来一つの基準として良いのだろうが、自分は無理そうだ。

この「ジャメヴュ」が起きて(使い方が合っているか分からないが、笑)、衣装ケースをひっくり返してはただ持ち物を眺めては捨てられずにまたしまうという全く意味のない茶番が繰り広げられる。

 

1つ服を買ってきたら1つ捨てるというルールの下やっているが、何せよ時間がかかって仕方ない。

 

自分が既に持っているものに対しては、評価が高くなるというバイアスがあるそうだ。

「1年後に着るかどうか」ではなく、

「今自分がそのものを同じ金額を出して買うかどうか」

と自分に問うのがよいそうだ。確かにそう言われてみればその金額で今買いはしないかな、と思うものも多数ある。

 

そうは言っても貧乏性・吝嗇家の僕の服 v.s. 妻の服とで、今後も衣装ケースを巡った陣取り合戦は続きそうだ。

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過半数の人は異性の親に似た人に惹かれるらしい

だそうがどうだろうか。

 

少なくとも僕の妻は、私の母親に似ていない。

母親は非常に目立ちたがりで、妻はかすみ草が好きな性格。

(かすみ草は脇役になることが多いようだ)

 

とある調査では配偶者が自分の異性の親に似ていると感じたことのある人の割合は、女性で53.4%、男性で58.7%だそうだ。

 

先日、ピコンと通知が鳴ったスマホに目をやると、従姉妹のInstagramの投稿である。

何気なく投稿を見ると目を疑った。

 

従姉妹と写っているのが叔父(従姉妹の父親)にしか見えなかったからである…。

少し今より若い時の叔父を知っているし、アルバムでもっと昔の写真を見て叔父の昔を知っていたから尚更である。

本人には嫌がられるかもしれないから言ってはいけないな、と思うが。笑

 

叔父は僕にとっても昔から尊敬する人に挙げていて、

何より自分にはあまり持ちあわせていなかった「the 漢」という感じなのだ(笑)

(何笑ってんだ)

 

釣りやらキャンプやら車にバイクなど…。

それに憧れて車とキャンプは今の僕の趣味だ。惹かれるのも納得だ。おそらく女性の好みも叔父譲りだと思う。笑

 

いつか自分の子どもがパートナーを連れてきた時には、子どもには言わないが、少し自分か妻に似た人であればいいなあ、と思った出来事だった。

 

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膠原病内科としての医者冥利

「本当に親身になって見てくれてありがとう」

 

時々患者さんやその家族から言ってもらえる言葉。医者冥利に尽きるとはよく言うものだが、本当にそう思う。

 

もちろん地域差はあるが、膠原病内科は科の特性から内科全般を見ることも多い。

膠原病があるということで内科としてのかかりつけになることも多い。

大学病院では無論そういったことは多くないかもしれないが、市中病院ではおおよそそのようなところが多い。

 

「関節リウマチの患者さんはドアノブも回すのが辛いから、

こちらから開けてお迎えしなさい」

 

膠原病の先代・先輩方から継がれてきた教えだ。

今やスライドドア式の診察式が多く、もはや言葉通りではなくなってはいるが、退院調整についても本当に「入口」から「出口」まで患者の生活背景や家族のこと、経済面までトータルで考える必要がある。

 

他の科ではそうでない、ということではないが、やはり膠原病というとやはり付き合っていく病気で、生命予後といった点の要素ももちろんあるが、多くはそれより生活の質に大きく関わってくる。

 

色々な世代で長い付き合いだからこそ、その人の色々なライフイベントに本当に一喜一憂する。

 

偉そうなことを言ってもヒラのへっぽこが言っていることだが、そんな自分でさえそう感じることがあるわけだから、諸先輩方は尚更のことだろう。患者さんのそんな言葉がオアシスのように感じる。

 

動物の中で人間にだけある感情は、

「人に喜んでもらえると嬉しい」

だそうだ。

 

「嬉」の漢字からもなんとなく想像できる。どんな仕事であっても人に喜んでほしい、という感情が原動力になるのかもしれない。

 

 

(また真面目すぎる記事を書いてしまい反省しています。笑)

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最近の子どもには反抗期がないらしい

「最近の子どもには反抗期がないみたいですよー」

 

入院している40歳前くらいの男の子2人を育てるとてもお綺麗なママ患者さんから聞いた驚きの言葉だった。

 

もしかすると子どもがいない自分が取り残されているのかもしれないが、

そんなことがあるのか?と些かいささか信じられない。

 

無論、自分の反抗期がひじょーーーに激しかったからである。

2歳のイヤイヤ期はエゴを育てる時期だと言われるが、

(どうも自立したいがうまくできないことを表現できずになっているようである)

反抗期も自立のために必要なステップなんだと思っていた。

 

そんなことまで我々は置いて行かれているのか!と妻と恐れ慄いたのである。

(妻もバチバチの反抗期だったようです、タイムマシンができてもそんな姿見たくない…笑)

 

明治安田生命福祉研究所の2016年の「親子の関係についての意識と実態に関する調査」で親世代:35〜59歳の男女、子世代:15〜29歳の未婚の男女に聞いた統計では、

 

親世代で反抗期がなかったのは、男性で28.1%、女性で26.4%

子世代で反抗期がなかったのは、男性で40.6%、女性で35.6%

 

だそうだ。親世代も子世代も男性の方が反抗期がない割合が高いことは驚きだった。

でも4割も反抗期がないとは!

 

反抗期がないこと自体問題は基本的に問題はないようで、原因としては小さな反抗で済んでいるか、親と価値観が同じか、親が過保護か逆に高圧的か。

 

ママ患者さん曰くはSNS等で親子の距離もかなり近くなったんじゃないか、と。

どっちがいいのかなんとも言えないが、そんなところまで時代は動いているようである。

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思わせぶりモテの初期研修医

年が近いことや研修医とともに入る救急当直もあり、初期研修医の先生や実習で回ってくる学生と関わることが多い。

 

ローテートしてくれている研修医の先生に対して勝手に教育役を買って出ている。もし好きで選んでいなかったとしても、興味がなかったとしても、少しでも面白いな、と思って貰えるようにちょっとずつフックを置きながらスライドをコソコソ作っていたりする。(これがまた長いのが悪い癖だが…)

もちろん、アウトプットで自分自身に定着させることができるし、やってみると説明している中で新たな発見があったりして、自分の時間が割かれても価値はあるかな、と思ってやっている。

 

今の職場の研修医というかなり狭いフィールドの話ではあるが、1年目の前半でも◯◯科、或いは◯◯科で××を専門にしたい、とかなり明確に決めている先生が多いな、と感じる。

明確にやりたいことがあるのは、とても好ましいことだ。

 

初期臨床研修医はとてもストレスフルだ。

自分が学生の臨床実習、或いは初期研修で各科のローテートをするとき、

それとなく先輩から

「その科は考えていなくても、考えている・興味があるテイで」

と言われてきた。

 

教える側もどうしても人間なので、自分の科に興味を持ってくれる研修医・学生にはどうしても手厚くなってしまうものだ。

要は、

「教えて貰える機会が減るかもしれない」ので、各科で「太鼓持ち」「思わせぶり」をするというモテテクニックを駆使しなければならないのだ。

妻作「太鼓持ちの研修医」

揶揄するつもりはなく、それも十分必要なコミュニケーションスキルかな、とも思う。

やはりそれで受けなくてもいい熱烈な勧誘を受ける羽目になることもあるが…。

 

僕も内科系では「内科で考えていて幅広く…」、外科系では「内科系だけども術後の管理も…」的なことをその度答えていた。

 

個人的には、明確に目標がある人にとっては、そこに行くために必要なもの以外を削ぎ落とすのも悪くない考えかな、とも思う。

初期臨床研修医という立場上は当然幅広く経験することも必要だと思うが、全ての科でそうでなくてもいいかな、とも思う。

 

自分の行く場所に向かうのに、荷物が多いことが必ずしも良いとは言い切れない。関係ないが、僕は要領が悪いので、ちょっとしたお出かけでも大きめのリュックになる。当直でさえ、周囲から見れば1週間放浪の旅人だ(大袈裟)。

 

膠原病内科は全身に渡るのでよくわからない、と研修医からよく聞かれるが、そういった意味では幅広く知識は必要であって、荷物多めの僕の性に合っているかもしれない。

 

どう2年間を過ごすかでその後の臨床に対しての態度が決まる、と仰る先生もいらっしゃるが、必ずしもそうとは思わない。自分が好きと思えるものを見つけてからは、皆伸びしろは計り知れないわけだし。

 

関係あるところだけ掘り下げるもよし。

自分の科以外を経験することはその後は基本的にないのだから、せっかくなのでどっぷり浸かってみて自分自身が面白いと思うものを見つけるもよし。

 

どちらでもいいので、有意義な時間を過ごせるようにこちらは最大限サポートするのみだ。悔いない時間を過ごしてほしい。

 

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美味しいものを、ちょっとずつ。

先日妻とランチデートした。

我が家のかなり大きめの車ではブロック塀スレスレの古い住宅街の道を通り抜ける。

こんなところ?というところにひっそり現れる、見た目はこれまた古めの住宅のお店。

言われなければレストランとは思わず通り過ぎてしまっていただろう。

 

9品の前菜。これが至高。

「美味しいものを少しずつ」というコンセプトの前菜のようだ。

この年齢になってその良さが分かった気がした。

 

2022年は新年早々、焼肉の食べ放題に行った。

何を隠そう吝嗇家・貧乏性の私は後先考えず、ひたすら胃に文字通り食事を詰め込み、

自宅に帰ってから新年早々「吐き初め」をしたのである(汚くてすみません、笑)。

 

今年はそのような計画性の無さを象徴するようなことはないよう、美味しいものを少しずつ。

 

夫婦二人の時間は人生の中でそう長くない。専ら若い間の二人の時間はあっという間だ。

今の生活が当たり前になってきてしまっている今だからこそ、ちょっとずつの幸せ、拾って味わえるようにしたい。

 

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